鉄道で台湾一周してきました。

先月、2週間近くかけて台湾を一周する旅に行ってきました。仕事で台湾の旅の本の撮影のためですが・・・。なので神社遺跡をゆっくり見に行っている暇などなく、それでも空いた時間を利用して取材先の近くにある神社遺跡を巡る事ができました。しかし、時間をかけて写真を撮ることはまったくできず・・・。それでも何カ所も神社遺跡に行く事ができ、関係者の方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。  桃園空港に…

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【新北】猴硐神社 その2:炭坑の町の神社とさまざまな物語

ここは新北市瑞芳区。台北駅から約一時間、宜蘭線の猴硐駅から歩いて約15分。周辺には民家が数軒しかない、ひっそりとした山の中。猴硐はかつて鉱山として栄え、猴硐神社は鉱山で働く人々の安全を祈願するために作られた炭鉱会社の私設神社だったようです。 ▲猴硐駅前は炭坑の施設が廃墟のまま残されていて、その迫力に圧倒されてしまいました。 ▲猴硐神社正面鳥居  ▲階段を登ると本殿前だったと思わ…

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【新北】猴硐神社 その1:サルなのにネコ村にある朽ち果てそうな木の鳥居

ここは新北市瑞芳区。台北駅から約一時間、宜蘭線の猴硐駅から歩いて約15分。周辺には民家が数軒しかない、ひっそりとした山の中。猴硐神社は鳥居と灯籠と参道の階段だけが残り、周りの木々に埋もれ、自然と一体化しているようでした。 ▲2016年3月撮影 この辺りは別名猫村と呼ばれています。駅の名前は「猴硐(ホウトン)」。新北市のウェブサイトによると、昔は「猴洞」と呼ばれていて、サルの洞窟という…

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はじめに その4:神社破壊命令??

約70年前、異国の地に置き去りにされた日本の神社遺跡の数々。ガイドブックに載っていない、日本人にはあまり知られていない。波乱万丈な台湾の物語、異国に建てられた神社の運命・・・。 はじめに、の最終話。                                                                                                 …

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はじめに その3 :もともと日本が大好き??だった彼・・・

約70年前、異国の地に置き去りにされた日本の神社遺跡の数々。それらを探索するのは海外に行って、日本食のうどんやカツ丼を味わうのとはちょっと違う・・・。ガイドブックに載っていない、紹介もされない・・・。台湾に残された日本文明の謎・・・。前回の続きです。 ▲1946年に神社の建物がそのまま中華民国の戦死者などを祀る忠烈祠に利用された例(桃園神社跡)。ここはその後様々な変遷を辿り、今では結婚式の…

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はじめに その2 :なぜ台湾に神社があるのか??

70年ほど前まで日本が支配していた台湾。日本人に置き去りにされた神社の数々は、今遺跡として台湾人の手によって大事にされています。ガイドブックに載っていない、紹介もされない、いったいどんな物語があったのでしょうか?? 台湾に残された日本文明の謎・・・。前回の続きです。 ▲昭和11年(1936年)に建立された瑞芳神社にあった狛犬。現在は九份への玄関口、瑞芳駅近くにある龍巌宮で台湾…

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はじめに その1

台湾にある日本の神社跡を初めて目にした時、今もなお凛とした姿、そして神聖なたたずまいに、日本人として胸の奥からジーンとこみ上げてくるものを感じずにはいられませんでした。約70年もの間日本人に忘れ去られ、異国の地に取り残され、ボロボロで朽ちそうになっていてもなお、その姿を保ち続けていたのです。台湾から日本人がいなくなって約70年、異国の人々にとっては何の価値もない日本特有の宗教施設ですが、なぜ今も…

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九份の桜

まだブログを初めて2回目なので、試運転的な投稿で失礼いたします。本来なら台湾で出会った日本的なものをちょっと詳しく紹介してみようかと思っていましたが、たまたま先月台湾へ行ってきて、タイムリーなのでいきなり番外編としてアップします。今回九份に初めて行ってみました。そこでなんと桜と出会いました。これはソメイヨシノでしょうか?このソメイヨシノ?はたしか日本が台湾に持ち込んだと私の記憶にあります。 ▲…

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台湾に残る日本文明??の謎

▲異国の地、台湾に堂々と立つ鳥居 (台北の林森公園にて) 私が台湾に初めて行ったのが2009年。私はカメラマンを生業としていて、旅のMOOK本の撮影で訪れました。10日ほど滞在し、台北中を歩き回ったのですが、その中でも私の印象に一番残ったのは小龍包ではありません・・・、なんとボロボロの日本家屋群なのでした。 大都市台北になんでこんなに・・・。今や日本でもめったに目にしない大正、昭和…

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