【台北】圓山水神社 その1:都会の山中にひっそりたたずむ神社跡


先日、台北にある圓山水神社遺跡が落書きされ、狛犬が盗まれるという事件がおきました。ここは台北市内とは思えないほど、とても静かな場所にあって、私のお気に入りの神社遺跡のひとつでした。

一昨年の201581日にWEBサイト「世界ガイド」に圓山水神社の記事を投稿した事があり、それを今回ブログ用にリライトしてみました(狛犬等神社跡の様子は2015年当時の内容です)。

最近台湾では日本時代の遺構に対するこのような事件が続いており、憤りを感じずにはいられません。

終戦直後や台湾との国交断絶後にもこのようなことが行われ、ほとんどの神社は消えてなくなりましたが、現在は台湾人の意思で歴史の証として大事に保存されている神社の遺構が数多くあります。

狛犬が早く、無事に見つかることを願います。


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▲圓山水神社入り口。社号標が残っている神社はかなり珍しい


72年前にタイムスリップ?


台北北郊の山中に、静かにたたずむ神社の跡。

70年以上もの間、時が止まっていたかのような空間が広がっています。

この圓山水神社は台湾の中でも、日本統治時代の社号標がはっきり残っている貴重な神社遺跡ではないでしょうか。

社殿は既にありませんが、社号標のほか灯籠や狛犬などが残っています。

ここに鳥居があったなら、かなり神社の雰囲気があったに違いありません。


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▲大通りにあった圓山水神社の案内板。
 臺北自來水事業處の脇の山道を入るとジャングルの雰囲気に


神社跡はMRT信義線の剣潭駅を降りて目の前に建つ「臺北自來水事業處 陽明管業分處」という水道局の敷地内にあります。

圓山水神社は日本統治時代、台北の飲料水を確保するためにできた貯水池の守り神として建てられた神社でした。

台湾一有名なホテル・圓山大飯店のちょうど裏側の山の中にあります。


水道局の脇にある山道を入ると、「蜂、野犬、毒蛇注意」の警告板があって少し及び腰に・・・。勇気を出してジャングルのような山道をずんずん登ります。途中リスが木を駆け回り、南国風の野鳥の鳴き声が聞こえてきました。

しばらくすると突然視界が開け、都会の中とは思えない草木が生い茂る大自然の風景が広がります。

かつての浄水場の跡でしょうか?

サッカーコートほどの大きさの広い場所に出ました。

その周りには古い建物が点在し、それらは草木や苔に覆われています。
その姿はまさに遺跡。


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▲山道を登りきると、突然視界が開けて気持ちの良い風景が広がる

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▲苔に覆われた瓦礫が点在し、奥には神社のたたずまいが



その奥に、圓山水神社は息をひそめるようにたたずんでいました。神社跡に近づくと、そこの周りだけ樹木が植えられ、道が綺麗に整備されています。

まるで誰かがここを訪れるのを待っているかのようです。
さらに奥へ進むと、自然と一体となった神社の風景がありました。

本当にここは外国なのか……。

日本そのものの風景を前にして、目を疑いたくなるのと同時に、心の奥底からジーンと何か表現しがたい感情がこみ上げてきました。

そして圓山水神社と彫られている社号標が目に入りました。

社号標の裏には「昭和十三年四月二十七日」という文字が彫られています。

階段を登ると、狛犬が一対ありました。

この狛犬も当時のもののようです。

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▲社号標の裏に彫られた「昭和十三年四月二十七日」の文字

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▲日本時代当時の狛犬

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▲中華風の赤い柱の間に何かが見える



そして神社の構造上本殿があったと思われる場所には、中華風に赤く塗られた4本の柱が立つ亭(あずまや)が台座の上に建てられていました。

まさか拝殿が休憩所にされてしまったのか・・・と、一瞬不安がよぎります。
台座の上には何かが置いてありました。それは小型の祠でした。しかもそれほど古いものではなく、定期的に手入れがされている気配があります。柱には青い幕が張られ、細い藁の縄、紙垂や〆の子など神社で見られるような装飾が施されていました。

ここは遺跡などではなく、台湾の方々が日本人の代わりに再び神を宿らせ、神社として機能しているのではないかと感じました。
近づいてみると、日本のビールが祠の前に置いてありました。

お供えとして置かれているようです。ここを祀っている人々の心の中では、未だ日本の神社なのではないでしょうか??

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▲日本の神社の形をした小さな祠。手作りに見えます。お供えもありました。
 日本人のやり方でないのは明らかですが、日本式を意識しているように感じます



*神社の由来


神社の隣の休憩所に、この場所の簡単な説明の張り紙がありました。「人口増に伴い、水不足を抱えていた台北市は、台北の北郊に位置する陽明山からこの圓山まで水路を構築し貯水池を作った。その工事期間中に事故死した作業員の慰霊と水神を祀るために貯水池が完成した7年後の1938年(昭和13年)、ここに圓山水神社を建立した。1990年に荒れ果てていたこの神社跡を、台北の水事業関係者から寄付金を募って修復した」と中国語で書かれています。
灯籠の下の方には、奉納したと思われる水道課の日本人の方々の名前も彫られていました。「1990年に修復された」ということは、1987年に戒厳令が解除された直後、民主化の波に乗ってすぐのことではないでしょうか?

興味深いですね。


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▲圓山水神社の由来が書かれている張り紙

▲今にも水が湧き出てきそうな手水舎。水の字が印象的。灯籠の台座には水道課現業員の文字



台湾を去った日本人の神社を、今も台湾人が大事にしている……。それは当時の日本人の大掛かりな浄水場建設に対する敬意の表れなのでしょうか。
日本人である私がそう思うのはおこがましいかもしれません。
しかし台湾では、台南に大きなダムを作り農業水利事業に貢献した八田與一さんが今も愛されています。

わたしは日本人として、台湾人の方々に敬意を表したいと思います。


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▲階段の上の本殿跡から台北市内を望む。天空の神殿という雰囲気。
まさに神社にふさわしい気持ちの良い場所です


その2に続く。


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