台湾の料理になった日本の味噌汁

台湾人も味噌汁を飲んでいるのをご存知でしょうか?

日本食レストランなどの味噌汁ではありません。それは1945年以降、日本人が去った台湾で現在まで受け継がれてきた日本のお袋の味。

いや、台湾のお袋の味。



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▲屋根付きの歩道の片隅で営業している、台湾ならではのローカルなお店で味噌汁発見!


味噌汁とは、日本人にとってアイデンティティともいえる、日本を代表する食だと思います。その味噌汁が戦後の台湾に残っていても不思議はありませんが、外国人にとっては口に合わない日本の食だと思っていました。

戦後台湾に入ってきた中華料理や、ローカルな台湾料理、客家料理、原住民料理など、台湾では民族ごとに代表的な料理がありますが、その影に隠れて実は日本料理の味噌汁や太巻きなども、台湾人にとっても馴染み深い台湾の料理になっているのでは・・・。

もしかしたら絶滅の危機にあるのかもしれませんが・・・。



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▲味噌湯とは、味噌汁のこと



わたしが初めて台湾を訪れた際、仕事を通じて40歳代の台湾人女性2人と知り合いました。彼女たちは日本語が堪能で、日本にもよく遊びに行っているほど日本通です。そして子供の頃の食事の話になったのですが、お母さんが味噌汁を作ってくれていたと言うのです。

私は、日本時代の名残でそういうこともあるんだな、しかし戦後何十年も経った台湾人が作る味噌汁は、出汁も日本とは違うものを使うだろうし、味も日本の味噌汁とは程遠いものになっているだろうと侮ってましたが、彼女たちが言うには、日本の味噌汁とそんなに変わらないそうなのです。
その台湾の味噌汁とは、いったいどこで飲めるのか???
家庭の中だけでひそかに親しまれている料理なのでしょうか・・・。
私はこの話を聞いて以来、台湾で食事をするたびに味噌汁を探すほど、頭の中が味噌汁でいっぱいになってしまいました・・・。
しかし、普通のお店ではなかなかめぐり合えないのです。



*涼麺といったら味噌汁の謎

どうやら台湾の味噌汁は、汁なしの麺にゴマダレをかけて食べる「涼麺」と一緒にいただくということを、後になって聞きました。涼麺は専門店もありますが、夜市へ行けば必ずあると聞き、夜になってから龍山寺近くの夜市へ出かけたのでした。目的の涼麺はすぐに見つかり、味噌汁も付いてきました。夜市のせいなのか、涼麺も味噌汁も紙の器・・・。
チープな雰囲気ですが、私にとって初めての台湾味噌汁です。
どうやら「味噌湯」というらしい。

中身は小さな豆腐が角切りにされ、薬味にネギが少々。メインの具は魚のつみれの魚丸です。こ、これが夢にまでみた台湾人の作った味噌汁!
う、うまい! たしかにこれは味噌汁です。


味噌は白味噌風味でほんのり甘い。関西風といったところでしょうか。出汁もきいていて違和感はありません。台湾の味噌汁は甘いから日本のとは違うという意見をよく聞きますが、日本の白味噌も甘いです。底を探ってみると、出汁は3~4センチくらいの大きさの煮干しが数匹。



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▲龍山寺近くの夜市で見つけた涼麺と味噌湯(奥のスープ、つみれが入っています)

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▲新北市の鶯歌で見つけた太巻き屋の味噌湯。出汁は煮干しとカツオ節です!


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日本に帰ってから、白味噌を買ってきて試しに台湾風味噌汁を作ってみたことがあります。煮干しに白味噌、具は豆腐とイワシのつみれです。台湾の味噌湯は白味噌ベースの味噌湯だと、私は確信を得ました。
しかし、なんで涼麺のお供に味噌湯なんでしょうか・・・、謎。



*先日の台湾出張で新たな展開


先日、一年ぶりに台北へ行ってきました。早速味噌汁について、訪れた先々で聞きまくりました・・・。同行者の知り合いの女性シェフの話も聞くことができました。
彼女は50歳。年齢的には子どもの頃、味噌汁を飲んでいても不思議ではありません。しかしそのような経験はなく、シェフとして一般的な味噌湯の知識をうかがうのみでした。彼女は台湾の味噌湯と日本の味噌汁との違いを説きましたが、私には日本の味噌汁と変わらないように思えました・・・。他のレストランでもシェフに話を聞くことができましたが、あまり進展はありませんでした。
数人の料理の専門家に聞いてみて共通した意見が、「台湾の味噌汁の出汁は、日本と違って煮干し出汁が多い」ということです。
しかし私は日本人ですが、母が作ってくれていた味噌汁はというと、煮干し出汁が多かったように思います。出汁に使った煮干しは醤油に付けて食べると、これがまたおいしい!!

ということで、台湾の味噌湯は日本の味噌汁とほとんど同じ味といってもいいでしょう。どうやら多くの台湾人が、家庭で一般的に味噌湯を飲んでいた訳ではないようです・・・。
日本統治時代、日本人と深い親交があった家庭の台湾人だけが味噌湯に親しんでいたのではないかと、私は考えました。

30代の台湾人何人かに聞いたところ、味噌湯に関しては涼麺のお供としてのイメージしか持ってないようで、家庭でお母さんが味噌汁を作ってくれたことなどないという返答でした。4050代ではというと、家庭で飲んだことがあったり、なかったり。やはりもっと年配の方が味噌汁に親しんでいるのかもしれません・・・。
家庭で台湾のお母さんが作る味噌湯を飲んでみたい・・・、私の願望はいつのまにかお袋の味を望んでいました。

そんな時、宿泊したホテルの目の前のお店のメニューに、味噌湯があるのを発見しました。お店といっても屋根のある歩道の片隅で、こぢんまりとやっている屋台に近い雰囲気です。その店は60代後半くらいのお母さんが、一人で切り盛りしているようです。ここなら、台湾のお袋の味の味噌汁がいただけそうです! その店には、日本に帰国する前日の夜に行くことに。



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▲泊まったホテルの向かいに偶然見つけたお店。台湾らしくてなかなか!



*日本人名を名乗るタクシー運転手のハマさん

台湾滞在中のある日、淡水へタクシーで行った際の運転手さんが、私たちが日本人だと知ると、「私の名前はハマです」と日本の名字を名乗りました。そして、楽しそうに自分の生い立ちなどを話し始めました。日本統治時代が好きだった年配の方のようです。

このような日本びいきのタクシーの運転手さんはわりと多いようで、話には聞いていましたが、私は初めて出会いました。

年齢は65歳だと言っていましたので、戦後の生まれの方です。
この方は両親などから日本時代のことを聞いていたらしく、今でも誇りにしているようでした。

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▲淡水へ向かうタクシーの運転手さんはハマです~、と日本人名を名乗った。
それは日本時代に日本人に付けられた名字だそうです。


運転手さんに早速、味噌汁のことを聞いてみました。
「子どもの頃母親がよく作ってくれて、今でも太巻きなどと一緒に味噌汁も飲んだりしている」とのこと(太巻きもどうやらカギらしい)。
さらに詳しく聞いてみると、「日本時代に台湾人の間でも日本食が流行ったりした事があり、戦前母親は料理教室で日本人から教わった」というではないですか。なるほど・・・。

味噌汁を愛する世代とは、日本時代後半、そして戦後1020年くらいに子どもだった世代を中心に、今でも愛されているのではないかと推測します。つまり、現在60歳以上の世代ではないかと。味噌汁の味は、台湾のどこかの家庭で今も受け継がれているのかもしれません。

以前、新北市の鶯歌へ陶器を見に行った時に、太巻きの店を発見したことがあります。日本ブームに乗って太巻きなどを売っているのではなく、あきらかにローカル感漂うお店でした。台湾人も太巻きが好きなんだなあと、不思議に思ったことがあります。この店にも味噌汁があって、出汁は煮干しで白味噌風味でした。



*ついに、台湾のお袋の味に限りなく近い味噌汁に出会った



日本へ帰国する前の晩、私はついに宿泊しているホテルの目の前で発見したお店に行ってみました。
客家料理店で仕事の打ち上げがあった後で、もうおなかにご飯は入りそうにありませんでしたが、体重が増えるのを覚悟で味噌湯に挑みました。
味噌湯だけではあんまりなので、涼麺も一緒に!



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▲味噌湯を注文したら夜も遅かったので「もう無い」と言われましたが、私があまりにも残念な顔をしたためか、よし、まかせて! みたいな感じで特別に作ってくださいました・・・。
これぞ、お袋さんだよ・・・。
後ろの冷蔵庫を開け、タッパーに入った具を取り出して、馴れた手付きで作り始めました


ここのお店の味噌湯は白味噌風ではなく、若干赤味噌混じりの感じでした。白に赤味噌独特の味がふんわり。日本の味噌汁と比べても、味に違和感はありません。

出汁はカツオ節でした。カツオ出汁は台湾では初めてお目にかかります。具はお豆腐に、刻んだネギがパラパラ。

日本ではあまり陶器の器で味噌汁は飲まないと思いますが、見た目は日本の味噌汁そのものですね。ここの味噌湯は、台湾のお袋の味噌汁なのではないだろうか・・・。

感無量・・・。


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▲お母さんが作ってくれた極めて家庭の味に近いと感じた味噌湯!と涼麺。
具はお豆腐とわかめでした。味も見た目もまったく日本の味噌汁です 


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▲出汁はカツオ節のみ。使った味噌の箱を見せてもらい、ここから製造会社を調べてみたら、台湾で日本風の調味料を製造している会社のものでした


70年前、日本は戦争に負け、50年もかけて発展させてきた大事な台湾を去らねばならなくなりました。

しかし、日本人の魂である味噌汁は、日本人がいなくなろうとも変わりなく台湾に存在していました。
私は台湾の味噌湯のそこに、日本人としての魂が震えたのでした。


台湾に残された、日本の味。
72年の歳月が経っても、味も見た目も変わらない。
まさに、台湾に残された日本文明の謎です。

とはいえ、日本語世代の年配の方々が少なくなっている昨今、味噌汁世代の方々も少なくなっているのかもしれません・・・。

味噌湯についてはまだまだ調査が足りないと思いますので、今後も調査続行します!

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