飛虎将軍:台湾で神様になった日本軍人、故郷の水戸に里帰り

台湾南部の台南市にある「鎮安堂 飛虎将軍廟」。ここには旧日本帝国海軍の軍人で、零戦パイロットの杉浦茂峰少尉(当時は飛行兵曹長)が祀られています。

一昨日22日、その杉浦少尉の御神像が、生まれ故郷の水戸に里帰りをしました。


udpi22_8595 ▲到着したが、まだまだ威勢のいい掛け声が続く。.jpg
▲護国神社の御神輿に乗った台湾の神様「飛虎将軍」



*台湾で神様になって祀られている日本人・飛虎将軍とは??


今年の月、私が台湾を鉄道で一周した時、台南の飛虎将軍廟を初めて訪れました。飛虎将軍廟はいずれこのブログで取り上げたいと思っていましたが、今回里帰りということで、急遽番外編としてご紹介します。


まず、飛虎将軍とは・・・。

昭和19(1944)1012日、アメリカの大艦隊が台湾から沖縄にかけての日本軍基地を総攻撃した「台湾沖航空戦」の時のことです。

杉浦飛曹長は零戦を駆り、アメリカ軍戦闘機の迎撃に出ました。空中戦になり、杉浦飛曹長の零戦は被弾してしまいますが、その場で脱出すれば自機が台南の集落に被害を及ぼすかもしれないと、機首を上げ、なんとか畑の方角へ飛び去りました。

そして脱出の際に再び敵機に襲われ、パラシュートを機銃で撃たれて浮力を失い、地面に叩きつけられてお亡くなりになりました。

二十歳の若さでの戦死でした。



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▲台湾の神様と日本の御神輿のコラボレーション・・・、しかし台湾の神様は日本帝国海軍の零戦パイロットであった・・・


終戦後しばらくして、杉浦飛曹長機が墜落した辺りで日本海軍の白い制服を来た人物が目撃されたり、村民の夢枕に立ったりするという噂が広がりました。そこで村の神様に尋ねた結果から、集落を被害から守るために自分を犠牲にして亡くなった零戦パイロットの杉浦飛曹長だと判断し、1971年に小さな祠を作ったのが今の飛虎将軍廟の始まりだとされています。

「飛虎」とは戦闘機の意味で、「将軍」は杉浦少尉に対する尊称です。



udpi22_8308 ▲私は、飛虎将軍の晴れ姿をみれて幸せです、感激です。.jpg
▲飛虎将軍の晴れ姿を見ることができて幸せです、感激です


*念願の日本に里帰り

日本に里帰りすることになった経緯ですが、水戸で印鑑製造業を営む藤田さんという方が各所に働きかけ、実現したそうです。

今回、日本で飛虎将軍にお目にかかることができ、藤田さんほか関係者の方々に感謝です。

ありがとうございます。



udpi22_8385 ▲日本の御神輿に備え付けられた飛虎将軍の御神体。.jpg
▲日本の御神輿に備え付けられた飛虎将軍の御神像



予定では午前時から茨城県護国神社で慰霊祭が行われ、午後時から御神輿が水戸芸術館を出発し市内を練り歩きながら生家の跡地に向かうということでしたので、私は午後の御神輿を見に行きました。

水戸はあいにくの雨模様で降り止む気配はありませんでしたが、御神輿を担ぎ出す2時頃になると、奇跡的に雨が上がりました~!

やはり、神様は本当にいるんだなあと・・・、しみじみ感じました。

しかし途中から雨は再び降り出し、一時は土砂降りになりましたが、生家跡をまわり、無事に神輿渡御が終了しました。皆さんも、私も、カメラもびしょ濡れ・・・。


台南の飛虎将軍廟では、朝に「君が代」、夕方に「海行かば」の曲が流れるそうです。

御神輿が終わった後に「海行かば」を歌おうということで曲が流れましたが、今の日本人で「海行かば」を歌える人がどれほどいるのでしょう??
「海行かば」とは、終戦までの間、第二の国歌ともいわれていました。



udpi22_8362 ▲水戸市内を練り歩く飛虎将軍一行。.jpg udpi22_8354 水戸で生まれた徳川慶喜さんも見守る。.jpg
▲水戸市内を練り歩く飛虎将軍一行。水戸で育ったラスト将軍・徳川慶喜さんも見守る

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▲飛虎将軍の幟。緑地に日の丸。日本海軍機の零戦の迷彩色をイメージしたようです



飛虎将軍廟で日本人向けにガイドをしている郭さんという女性が挨拶をされたのですが、次までには日本人の皆さまも「海行かば」を歌えるようにと、台湾人の方に言われてしまいました・・・。
私が飛虎将軍廟を訪れた時、ちょうどガイドの人がいないからと、廟の方がガイドの人の携帯に連絡を入れて取り次いでくれました。
その時に私が話したのは、この方だったのかもしれない・・・。
とてもやさしそうなお顔立ちの方でした!


ちなみに、飛虎将軍は分祀され、日本でも祀られるという話も出ているそうです・・・。

待ち遠しいですね!



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▲杉浦さんの生家があった茨城県信用組合農林水産部まではあと数10メートル、しかしけっこうな雨・・・。 生家跡のビルの壁には、飛虎将軍についてのパネルが設置されていました


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▲杉浦少尉の生家跡に到着。ここにいた誰もが感無量だったことでしょう




この記事へのコメント

  • 藤田和久

    このたびは「飛虎将軍里帰り」を取り上げていただきありがとうございます。記事の中にも出てくる藤田和久です。皆さんの多くのご協力の中、無事里帰り行事を終えることが出来ました。本当にありがとうございました。これからも飛虎将軍をよろしくお願い致します。
    飛虎将軍廟では、11月14日から16日まで、生誕祭が盛大に執り行われます。皆さん多数の御参拝をお待ち致しております。
    飛虎将軍日本語ホームページ
    http://aoisystems.jp/hikoshogun/
    なおお祭り中、私は飛虎将軍廟におります。よろしかったらお声をかけて下さい。
    2016年11月05日 17:13
  • うえぽんぐ


    ありがとうございます。 藤田さんからコメントをいただけるとは、大変うれしく思います。 当日は雨の中お疲れ様でした。 藤田さんたちのご尽力のおかげで、日本で飛虎将軍に会えて本当に感無量でした。 今年の台南での飛虎将軍のお祭りは残念ながら行くことができません。 いつか現地で生誕祭を拝見したいと思っております。 今後お目にかかれる機会がありましたら、藤田さんにご挨拶させていただければ幸いです。
    2016年11月06日 12:30

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