【花蓮】豊田神社 その1:日本人だった御老人に出会った。

ここは花蓮県寿豊郷豊裡村、台湾鉄道台東線の豊田駅付近。戦前は豊田村と呼ばれた日本人の開拓村にあった豊田神社跡です。

今年の5月、撮影の仕事で花蓮を訪れました。花蓮県は台湾中部の東側にあります。とても広くて北から南まで約140キロもあり、花蓮駅から豊田神社までは約20キロ離れています。駅周辺以外は大きな街はなく、ほとんどが田んぼや手付かずの自然だらけなので、私の中では台湾の北海道といった印象です。



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▲豊田神社跡正面。現在は「碧蓮寺」というお寺です。灯籠が当時の面影を残しています。



豊田駅近くの民宿に撮影で訪れた時のこと。

豊田神社跡は、きっとこのすぐ近くにある・・・。

行きたい・・・。

しかし、この後もスケジュールは詰まっていて、自分のわがままを通すのは困難だ・・・。

ところが、幸運にも分だけ豊田神社に立ち寄る時間がもらえました。

分・・・、このチャンスをモノにするしかない。私は前向きに考えることにしました。


近頃は便利になったもので、スマホの地図でナビゲーションしてくれます。こんな外国の片田舎でも反応してくれるとは、20年、いや10年前では信じられないことです。

遥か外国の神社跡の場所を、私はピンポイントで把握することができました。このように道を間違えずに行けるのは、科学技術の進歩はもちろんですが、何よりも台湾の神社跡を私が知る何十年も前から調査してきた方々の努力の賜物です。

そんな先人の方々には敬服するばかりですが、一方でこんな安易に行けてしまう現代の環境と、台湾の神社跡を遅くに知った自分を悔やみます。

もしも何十年も前に私が神社跡に興味を持っていたのなら、どこにあるのかもわからなかった神社を趣味のオートバイに乗って、あてもなく探し回ってみたかった・・・。



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▲碧蓮寺。入り口付近に狛犬らしきものが・・・。



*日本語で話しかけてきた御老人


豊田神社跡は周囲を田んぼやさとうきび畑に囲まれた、とてものどかな雰囲気の場所にあり、現在は「碧蓮寺」という仏教のお寺になっています。
日本でも田舎に行くと、平坦な場所に所々高い木が何本も集まって林となっていて、その中に神社があったりします。この豊田神社も平地の中で木々に囲まれていて、遠くからでもすぐに、あれが神社ではないかとわかりました。

ここは今や外国であるにもかかわらず、そんな感覚を味わっていることが楽しくてしょうがない・・・。


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▲豊田神社跡周辺は、田んぼやサトウキビ?畑が広がるのどかな田園風景。



たとえ時間はなくても、お寺への挨拶は欠かせません。外国の宗教施設へ行った時には、信者ではなくても、そこの神様仏様への挨拶はしておいたほうがよいでしょう。

早速撮影を始めましたが、とにかく時間が短い、考えている暇がない、もっとこの場をゆっくりと楽しみたい・・・。

そんな時に、境内でゲートボールを一人でしていた御老人が、私たちに大きな声で、しかもしっかりとした日本語で話しかけてきました。


「日本人かい? なつかしいなあ・・・」

「私は戦争中、特攻隊基地で滑走路の草むしりをしていました」

「また日本と戦争したら、台湾は日本のものになる、ははは」

「中華民国はけしからん!」

「私はチンと申します。83歳です」

「私は日本で生まれ、今も台湾は日本です」


突然話しかけられてびっくりしましたが、とりあえず忘れないうちにチンさんの言葉を急いでメモしました。

この時ばかりにと、質問をしてみたのですが、チンさんは耳が遠くなっているようで、なかなか聞き取ってもらえませんでした・・・。

しかし、台湾人のお年寄りの生の言葉を聞けて私は感激・・・。

チンさんの言葉は何を言っているのか理解しがたいように聞こえますが、私がこのブログの最初に書いた「はじめに その1~4」を読んでいただければ、話の辻褄が合うのではないでしょうか。
日本時代の思い出が強烈に焼きついていて、未だに日本を忘れられないお年寄りの方々が台湾には多くいることは知っていましたが、そのような方とお会いできたのは今回が初めてでしたので、とても貴重な体験でした。

しかし、時間がない・・・、もっとチンさんとお話したい・・・。
チンさんも、久しぶりの日本人でもっと何か話したかったであろう。

とはいえ、もっと写真も撮りたい・・・。

私は悔しさをこらえ、チンさんと別れました。


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▲かなりお元気な様子のチンさん、83歳(漢字は聞いていないので分かりません)。


帰国後、酒井充子氏の著作『台湾人生』をもう一度読み返してみました。
日本世代の台湾のお年寄りは、その環境によって違いはあるでしょうが、日本に対しては好意的な一方複雑な思いもあるようです。

共通した思いは「日本人として育ち教育されたのに、突然日本に捨てられ、戦後の日本からは何もなかったかのようにされている」ということでしょうか。

もちろん、国家間の決め事などの複雑な事情も絡んできますが、台湾のお年寄りたちの証言を聞くと、日本人としてズキンときます。

私は自分自身の目や耳で、台湾に残された神社遺跡を通して台湾人の思いをもっと知ってみたい・・・。


たった5分という短い時間でしたが、私にとって貴重な体験でした。

同行してくれた方々に感謝!!


豊田神社 その2へ続く・・・。




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